HIROKU
ジュエリーを作ってます。
日々のことや制作した装身具のご紹介などなど。
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新しいとこ
またも更新がとどこおり・・・

実は引越しでばたばたとしておりました。

10数年ぶりに知ってるようでほとんど知らない場所へ。
10年前とは体力、気力、ともに衰え、
引越のストレスってこういう事かぁ〜と実感しつつ
慣れるまでは辛抱辛抱。

忘れてましたがフローリングって足が痛くなるのね。
モフモフのカーペットを敷きたい・・・



いただいたかわいいお菓子たち。
もらいものには福がある。

やってきた事を受け入れて、心機一転頑張りまする。



瞑想的作業
ここのところ、東京はご陽気で、
だんだんと緑もモリモリとしてきて
少し夏さえ感じるような・・・
で、今年もまた猛暑だったら嫌だなーなんて余計なことを思ったり。
気が早すぎ。



モリモリ

最近、内職的な作業をずっとしています。
もくもくと組み立てていく作業。
繰り返しの行動ってなんだか瞑想的なんです。
心静かにコンシャスメディテーションです。

肩と腰には注意しなくちゃね。


宇賀神さま


先日東京国立博物館で開催中の「飛騨の円空」展へ行ってきました。
それはそれは素晴らしい内容だったのですが、
(すごく寒い雪の降る日、外は人が少なかったのに展示会場にはわんさか!)
その中でも最後のほうに展示されていた「宇賀神」像は
宇宙人っぽくて土偶っぽくて
とても気になった存在でした。

そうしたらこのストラップが実家から送られてきて、
オオーーーっとなり、
はて宇賀神さまとは?
と調べましたところ、

ウカノミタマとおっしゃる穀物の神様で、お稲荷さんのことでした。
商売繁盛の神様です(ありがたや)。
すごく身近な神様だったんですね。

下に置いたカードは「日本の神様カード」のウカノミタマノカミ。
頭がとんがっていて円空の表現と一緒なのが面白いなぁ

エンクさまの仏さまは、見ているとすごく暖かい心持ちになりますので
まだまだ寒い昨今。
大推薦の展示です!


誕生日のラテアート


先週某所でごちそういただいたラテ。
びっくり&感動したのですが、
これってどうやって文字書くのかな???
上手〜


周りの人に感謝して、
(みんな、ありがとう!)

また一年好奇心旺盛に過ごそう〜と思います。
(好奇心は不老長寿の薬。らしいよ。)

×××





時間をずーっとずーっとさかのぼっても
いつもと同じ顔がそれぞれのためにそこに在ることは
なんと愛しく心強いことなのでしょう。

そして海は何時もそこに在りました。
茫洋としておおらかな、すばらしいもの。


22日から3日間、ストア・レコレ プチお店あります。


HALLOWEEN TOWN


ハロウィ〜ン。



変化率おおきめ。

あぁ月日のたつのが益々早いです。
そんな中自分や周りの変化率も激しく感じます。
皆さんはそんな感じ、ありませんか?

内部で何やら変化しまくってるのですが、
なにせアーユルヴェーダでいうカパ・ヴァータであり不動宮水瓶座。
頭は激しく運動しても、基本動きたくないのであります。
変化いやぁ〜 であります。

のでうだうだとしてましたが、
でもなんだか、もう、変化が逃れられない感じ。

はてどんな?
それが・・・わかりませんのです。

・・・・・アレレ

でも感じる変化の風!

なので変化に弱い自分といたしましては、
小さいことからコツコツと
という事で、変化慣れをすべく
最近はちょっとしたことをいつもと変えて経験するようにしています。

例えば
いつもは選ばないメニューを食べる(チーズハンバーグドリア)。
降りたことの無い駅で降りる(本駒込)。
いつもと違う雰囲気のジュエリーを作る(ピカピカの)。
とか。

そんな小さい行為でも変化をつけるといつもと違う空気を感じて
楽しい気分になります。

人は変化をおこそうとしても慣れた方にブンッと戻りがちだそうですが
(それだけ慣れたことって実は楽なのですね)、
振り子の幅を狭くすれば、知らぬ間に大変身計画完成です。



友達の松本みやげ。
城とはろうきてぃ。

わたくしサンリオキャラクターというものへの反応はとても薄くて
友達はそれを知っているのにわざと買ってくれました!
(でも冷えとりしてるから靴下ってのに愛を感じます。)

もちろん履きます。キティちゃんの靴下を履きます。
それもまた小さな変化です。

うふふ〜

新作も鋭意制作中です。



ARE YOU in THE FOREST?のZINEを読みながら、
自分にとっての森ってなんだろうと頭をめぐらせていたら、
昔昔を思い出しました。

わたしの通った小学校は、森林を開拓した場所にぽつりと立っておりました。
フェンスの向こうは窪地で中には沼があり、ときどき白サギがやってきました。
それを見るとわたしは嬉しいような怖いような、子供にとってはなんだか変な感情が湧いていたのを覚えてます。
周りがそんなで、その頃は野犬(本当に怖い)もいたものでしたから、
登下校のルートは学校で厳しく決められていて、
当然森を通って帰っては行けませんと禁止されていました。

でも好奇心旺盛な小学生はやるものです。
誰も見ていないのを見計らっては森に入り込み、
獣道のようなところを通るスリルを感じながらターザンごっこをしつつ帰ったものです。
一度遊びに夢中になりすぎたせいか、森の中にカーディガン、そう白いカーディガン。を忘れてきてしまいました。
次の日の帰り道、それが森と道路の境目あたりにひっかかってるのを発見しましたが、
わたしはそれを持って帰ることができませんでした。
森で一夜を過ごした汚れた白いカーディガンは何か別のものになってしまったように感じたからかもしれません。

1970年代。
高度成長期の市内で初めての鉄筋コンクリートの小さい小学校。
まだ通学路は土色で、
近代化されていく町と自然がくっきりとコントラストを見せていた
明るい未来がもてはやされた時代でも
わたしにとっての森はいつも暗く怖く未知で魅惑的でした。


そして森といえば。



ツインピークス。
もう20年も前なんだなぁ。


自分のリズムを壊してみること
本はいろんな事をわたしに教えてくれます。

たとえば今読んでいるパウロ・コエーリョの「星の巡礼」。
この本は主人公の男性がガイドと一緒にスペインのサンチャゴへ
巡礼の旅をする話なのですが、
旅の間に彼はいろんな実習をしていきます。
その中に「普通に歩く速さの半分の速度で歩く」というのがありました。
読んでいて簡単そうだしな自分もそれをしてみたいなぁと思い、
このまえ公園でこっそりやってみました。

わたしがやったのは本の中でガイドがやっていた方法。
一方の足をもう片方の足のすぐ前にだして歩く。
「....」
ううっ、自分が思っていたよりも進まない。
気持ちは先に行きたいのに身体が言う事をきかないような
頭と身体が分離した感じ。
早い(速い)ことに慣れている都会人(かくいう私も速く歩きたがり)にとって
この歩き方はけっこうな忍耐を必要とするようです。
そういえば速く走るような自転車や車は発明されてもその反対はないですね。

でも気づいたのです。
そのゆっくりさを受け入れていくと、
いつもは通り過ぎていくだけのもの、
たとえば枯れた木の実や小さいじゃり石だったり、
あるいは雨粒がつくる波紋だったり。
そうしたものひとつひとつに目がいくことに。
そしてしっかりとそれが「ある」という存在感を感じるのです。



立ち止まって見るのとも違う。
そうだな、スローモーションみたいな感じかな。

人は自分のリズムでもって生きている。
歩く速さってけっこうその人の基本リズムなんじゃないかしら。
それをわざと壊すときに今までと違う時間と景色で世界が変わるのですね。
そしてそうしたときに出会うもの見えてくるものが、
案外大切なものなのかもしれないなぁと感じます。

面白いのでまたこっそりやってみようと思います。
けっして怪しいものではございませんよ。


merry christmas!


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